求人欄を見て、履歴書を書く

新聞には毎日のように求人広告か出ている。これを利用して脳を鍛える方法がある。どれでもいいから会社を選んで、真剣に履歴書を書いてみるのだ。就職活動から離れている年数が長ければ長いほど、それは効果的な「脳トレ」になる。履歴書を書く作業というのは、実はなかなか大変だ。

まず、自分の「履歴」を思い出さなければならない。人学や高校の卒業年度ですら、そう簡単には思い出せないものだ。就職したあとの出来事を時系列に沿って並べていく作業ともなれば、なお難しい。しかしこうした「自分史年表づくり」は、記憶力のトレーニングとなる。忘れていたことを思い出すことで、記憶の回路が強化されるのだ。

志望動機や自己PRの欄を埋めるときには、左脳=論理的思考をフル活用しなければならない。採用担当者の目にとまるのは、手短で、明快で、強い意欲を感じさせる文章だ。そうした文章を作ろうと努力するのは、むろん有効な脳の鍛錬となる。

文字をていねいに書く、印鑑をまっすぐきれいに押す、各項目のスペースをバランスよく埋める、といった作業によっても、普段は使っていない脳細胞が活発に働くご履歴書作りは、脳にはいいこと尽くしだ。求人には、履歴書のほかに作文の提出を求めるものもある。相手が出したお題に沿って文章を書くことによっても、脳は鍛えられる。

書き上げた履歴書や作文が満足のいくものなら、それはしばらく保管しておこう。人生、何か起こるかわからない。転職などの必要に迫られたとき、デキのいい履歴書や作文は重要な「参考資料」となる。

— posted by 楢島 at 12:53 am  

写経をしてみる

昨今の「脳ブーム」で、ぬり絵が注目を浴びている。一定のスペースに、はみ出さないように色を塗る。どこにどんな色を入れるかを考える。色に濃淡をつける。そうした作業が脳を刺激するというので、ぬり絵を始める人が増え、おかげで色鉛筆が売れに売れているそうだ。ぬり絵が脳を刺激するのは、紛れもない事実だ。しかしその刺激は、さして大きいものではない。ある程度、ぬり絵に慣れてきたら、ステップアップする必要がある。

ぬり絵より大きな刺激を得る方法の一つに、「写経」がある。これはかなり高度な「脳トレ」だ。まず、筆という「扱いにくいもの」を使わなければならない。複雑な漢字を正しく書くのも、簡単なことではない。一文字間違えたらやり直しになる、という緊張感を得ることもできる。言うまでもなく、書の「道」は奥が深い。技術を高める努力は、一生続けていけるのだ。

一方、写経を始めるのはとても簡単だ。町の文房具店に行けば、書道用具はほんの数千円で揃えられる。近頃は「お手本」をインターネットでダウンロードすることもできるようになった。もちろん、写経本来の目的も忘れるべきではないだろう。「身を清めてから机に向かう」「香を焚く」「書く前に合掌する」といった作法に則り、心を込めて書く。これは脳の鍛錬のみならず、よりよい精神生活にもつながるはずだ。

— posted by 楢島 at 12:40 am  

制限時間内にアイデアを100個出す

長時間にわたって何かを考え続ける作業は、実は日常の中にはほとんどない。たとえばあなたは、ここ最近、何か特定のテーマについて、30分以上考え続けたことがあるだろうか?

私たちは日々、考えて決断を下す作業をくり返している。しかし、一つ一つの「考える時間」はごく短い。出勤前にネクタイを選ぶときや、スーパーで晩のおかずを買うときなどは、ほとんど瞬間的に判断を下している。仕事上の重要な問題について考えるときも、5分以上の「長考」をするケースは稀だろう。

一つのテーマについて、ひたすら考え続ける。これは言うまでもなく、脳を鍛える行為だ。ニュートンが万有引力の法則を発見できたのも、アルキメデスが浮力の原理を発見できたのも、それについてひたすら考え続けたからだ。長く考えたからといって妙案が浮かぶとは限らないが、新しいアイデアを生み出すには、「長く考え続ける能力」を鍛えておかなければならない。

時には一つの物事をひたすら考え続けてみる必要があるわけだが、人間の思考というのは、とかく不安定なものだ。長考によって脳を鍛える場合、いくつかの制限を設けたほうが、効果をあげやすい。具体的には、テーマ、考える時間、アイデアの数を決める。浮かんだアイデアは、紙に書き出していく。

たとえばテーマを「仕事の新企画」にするのなら、30分以内に新企画を100個出すと決めて、紙に書き出していくわけだ。素晴らしい企画を考え出そうとする必要はない。大切なのは、30分間ひたすら一つの物事を考え続ける、ということだ。これは同時に、集中力を養う作業にもなる。

— posted by 楢島 at 12:12 am  

短歌日記を書く

日記をつける習慣は、言うまでもなく脳に刺激を与える。しかし日記というのは、その日の出来事を書くだけでは「三日坊主」に終わってしまうケースが多いものだ。続けるには、何かしらの工夫をしたほうがいい。たとえば「短歌日記」はどうだろうか。その日一日を、五・七・五・七・七で表現してみるのだ。

日記をつけようとして一日を振り返ってみたとき、「平凡な一日だった」「つまらない一日だった」などと感じることがある。それをそのまま文章にしても、脳はたいした刺激は受けない。しかし短歌日記なら、「平凡だった一日」「つまらなかった。日」でも、ともかく三十一文字で表現しなければならない。季節を感じさせる言葉を使う必要もある。

短歌など詠んだことはないし、どうやって作ればいいのかわからない、という人なら、最初は「真似」から始めればいい。雑誌や新聞などの短歌欄を見て、「これは素晴らしい」と思った句をアレンジしてみるのだ。

たとえば、「しらしらと氷かがやき千鳥なく釧路の海の冬の月かな」(石川啄木)なら「あかあかと夕日かたむきガラスなく会社帰りのコンビニの前」などとしてみるわけだ。これはこれで簡単な作業ではないが、だからこそ脳は大きな刺激を受ける。むろん「俳句日記」でも「川柳日記」でも構わない。日に最低でも一度は、仕事以外のテーマで文章を作る習慣が重要なのだ。

— posted by 楢島 at 11:51 pm  

知人や友人にハガキを出す

暇だから友達にハガキを出す・・・そんな人は、まずいないはずだ。年賀、暑中見舞い、転居のお知らせなど、ハガキを出すときには何かしらの理由がある。しかし言うまでもなく、ハガキを出すのに理由はいらない。友人知人、家族、親戚などの中に疎遠になっている人がいれば、手書きのメッセージを送ってみてはどうだろうか。

文面で悩むことはない。「最近どうですか?私はぼちぽちやっています。近いうちに酒でも飲みましょう」といった、ごく簡単なものでいいのだ。ハガキを机上に置いてペンを持てば、それだけで軽い緊張感を得られる。

「文字はなるべくきれいに、正確に書こう」
「ハガキのスペースにうまく収まるように、文字の人きさ、文章の長さをきちんと計算しないといけない」

そうした「普段はしない思考」は、眠っていた脳の機能を呼び覚ます。空いたスペースにイラストを描けば、なおいいだろう。風景や事物をイメージし、それを絵にするのは、右脳を使う作業だ。言葉情報の処理、論理的思考、計算などが左脳の「担当」で、パソコン全盛の今日では、左脳を酷使している人が多い。時には右脳を意欲的に使って、バランスを保つ必要がある。

文章が下手、文字が下手、イラストが下手でも、気にすることはない。目的は脳を活性化させることにあるのだ。「こんなハガキを送ったら、受け取るあの人はどう思うかな・・・」そう思いながらポストにハガキを投函する瞬間の「ドキドキ感」もまた、脳を活性化させる。

— posted by 楢島 at 12:29 am